「自分なんて」が外れた日
「自分なんて」が外れた日
最近、
患者さんを見ていて思ったことがあります。
身体が変わる人って、
痛みだけが減っていくわけじゃないんですよね。
表情が変わる。
呼吸が変わる。
歩き方が変わる。
そして、生き方まで変わっていく。
先日、長く通ってくださっている患者さんが、
ふとこんなことを話してくださいました。
「僕の夢は、父親になることと、子どもをちゃんと育て上げることだったんです」
その方は以前、
大きな会社で役職につきながら、
睡眠も削り、身体も心も限界寸前で働いていました。
痛みも強く、
常に張り詰めていて、
“生きること”そのものに余裕がない状態でした。
そこから環境を変え、
身体を整え続け、
今ではどこか“赤が抜けた”ように、自然に笑っている。
その姿を見ながら、
私は少し泣きそうになりました。
「治療って、人生に関わる仕事なんだな」
と、改めて感じたからです。
そして実はその日、
もう一つ、大きな出来事がありました。
今、ホームページを見直しているのですが、
その中で、自分の経歴や学びをどう表現するかを相談していました。
私は昔から、
どこか「自分なんて」という感覚が強くて、
・日本代表経験
・海外での学び
・解剖実習
・医療連携研修
そういった経験があっても、
「もっとすごい人がいるし…」
と、自分で小さくしてしまう癖がありました。
でも、その時言われたんです。
「それは誇張ではなく、積み上げてきた事実ですよ」
と。
その瞬間、
なんだか身体の奥のブロックが一つ外れた感覚がありました。
謙遜することと、
自分の価値を認めないことは、違う。
本気で学び、
本気で向き合い、
本気で患者さんを見続けてきたなら、
「私のところへ来てください」
と言ってもいいんだと。
それは傲慢ではなく、
責任なんだと思いました。
身体を整えるというのは、
ただ痛みを減らすことではありません。
もう一度、
その人らしく生きられる状態へ戻していくこと。
私は、
そんな治療を続けていきたいと思っています。

